峠道の路肩に止まる白い箱バンと、タクシー。彼はタクシードライバーだったのだ。
話によると彼も同じようにこの峠道を選び、ただひたすらライトに照らし出される道が続いていることを祈りながら走っていた矢先、この箱バンを発見したようであった。
「あのー・・・後ろ付いて行ってもいいですか?」
およそ走りと地理、両方の専門性を併せ持つタクシードライバーにあるまじき発言ではあるが、この時の彼に断る気は起こらなかった。深夜の、それも豪雨の中の峠道。災害時の混乱につけ込んだ追い剥ぎと共にするくらいなら、憐れなおっさんなど可愛いものだ。いっそ助手席の背もたれに穴を空けられても許せるくらいである。
「実は僕も迷ってて・・・まあ、ここ居てもしょうがないん
で、とにかく行ってみますか。」
「はい、お願いします。」
こうして我々のツーリングは始まった。彼は日頃、後続車に付かれるのを非常に嫌う質であったが、この時は違った。バックミラーに映るタクシーの姿に謎の安心感がこみ上げてくる。行ける。日夜人々を目的地へと運んでいるプロを先導している今の俺なら、必ずこの峠を越えられる。そのような錯覚さえ肯定してしまうおっさんの悲壮感。いや、これはむしろ圧倒的存在感のなせる業なのだろうか。
00:48 峠道に変化が訪れる。水田だ。ということは、やはり、民家がぽつぽつと建っている。しかしまだ安心はできまい。深夜の民家に明りが灯っていないのは当たり前のことだ。それは無人であっても同じである。つまり ここがもし 廃村だったとしたら 彼はおっさんになど目もくれず、ビーバーもダムを崩すほどのUターンを決めたことだろう。おっさん その時は 許してくれ
などと考えているうちに、赤いランプが点滅している。信号機。気づけば道幅も広くなっている。右折を試みる。二車線の道路。峠を越えていたのである。ハザードを点ける。憐れな友よ、我々の戦いは終わったのだ。そう知らせるために。
バックミラーに違和感を覚える。雨粒の跳ね上がる水溜りが、オレンジ色に点滅している。
タクシーが おっさんが いない
02:04 コンビニの駐車場は車中泊の車で溢れかえっている。
少しでも気を紛らわす為に、陳列棚に僅かに残っていたカップ麺を啜りながら、相変わらずルー・リード調の、今度はフィッシュマンズの楽曲を垂れ流している。
彼の父親は彼が幼少期の頃からお化けの類で子供を怖がらせて喜ぶ節があった為、彼はホラーを極端に嫌う傾向があった。そしてもちろん、今夜の出来事を受けて彼の頭によぎったのは、おっさんの足元をよく確認していなかったことへの後悔の念であったが、しかし、それ以上に何か別の、救われたようなおっさんへの想いであった。
なんて素敵な話だろう
こんな世界のまん中で
僕ら二人ぼっち
頼りない天使
脈打ちながら揺れる、オレンジ色の街灯を見つめていた。
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